ここ最近、私の楽しみの一つがランニング。
この数ヶ月かなり前向きに取り組んでいることの一つでもあります。
でも、なかなか自分では綺麗に走れない悩みを抱え、、、何とかしたいと強く思っている今日この頃。
高校時代、陸上部に籍を置いた私なのに、何故何故あのときのように早く走れないのか、何故疲れてしまうのか?姿勢は?力の入れ方は?と走るたびに悩んでいました。
そんなことを、ある方とランチをしたときにお話したら、、、なんとランニングを習っていると言うではありませんか?
そこで、早速予約をお願いして、パーソナルトレーナーをつけて走ってみることにしました。
コースは皇居一周5.5キロ。
時間にして、1時間くらいをいろいろと指導していただきながらの、楽しい時間。
手の振り方、足の運び、腰の位置、頭、目線、、と直されることいろいろ。
でもそのうちに、そうそうこんな感じだった、こんな風に走った、歩いた、呼吸した、と体が思い出してきて、かなり早く軽く走れるようになるではありませんか?
5.5キロ走りきれるかなーとすごく不安でしたが、楽しい楽しいランランランニング。
途中からの雨にも負けず、ルンルン気分の2時間。
さすがに翌日はかなりの筋肉痛でしたが、またすぐにでも走りに行きたい、そんな気分です。
教え方が上手で論理的、わかりやすい先生、のおかげで私の皇居デビューは素敵な一日になりました。
これからしばらくはパーソナルトレーナーの方と一緒にがんばるつもりです。
そして、昔のように風を体で感じて走れるようになれますように。
この夏は、ランニング合宿でもしてみますかね。
皇居が私のグランドになる日は、もうすぐです(笑)
御紹介いただいた方、教えてくださった先生ありがとうございました、今後ともよろしくお願いしまーーーす。
東京の夜、月を見ながら過ごすことが大好きな私は今の家に引っ越してから夜中タワーマンションの合間に見える空を眺めるのが眠る前の日課になっています。
紺碧や、薄いグレーに感じるような雲の色、時には淡いオレンジと、空気と温度の微妙な組み合わせが見ているだけで、なんとも神秘的で心が静かに落ち着いていくのを感じます。
左手には東京タワーが見え、正面にはその日の月が、、、
もう少し絵を描くのが得意で上手なら毎日、毎晩、描いておきたいこの情景をと、そんな衝動にもかられます。
特に雨上がりの時などは、ひんやりした、その風景は一日の疲れを忘れさせてくれるような、そんなパワーをも感じます。
人にも、太陽のように明るく周りの人を照らし元気づける力のある人と、月のように神秘的で静かで落ちつきのある人がいる、、、なんて誰かが話していることを聞いたことがあるようなないような。
いつも明るく元気、どちらかといえば太陽な人に思われがちな私ですが、月を見ると落ち着き、気持ちが静かになるのは、、、もしかして本当は私って月?
星人なのかも、つまり本心は静かでおとなしい人なのかも(笑)。なんて自己分析しています。
東京に生まれ、東京で暮らし50年あまり。
世界中のどこよりも大好きな場所が、ここ東京になったのはいつの頃からだったでしょうか。
両親がいなくても、この東京にいると安心して暮らせるのはきっとこんな毎日の積み重ねや心の波長が、東京の空気とこんな風景にあっているからでしょうか?
土地や空気から感じる地球の力に包まれて、今週も毎日幸せにそして平和に暮らせますように。
以前にも書いたかもしれませんが、この生まれた場所に戻ってからは、より一層そんな気持ちが強くなった感じ。
大げさなようですが、人は地球、そして多くの惑星に守られ育てられているのですね、きっと。
何だか最近、つくづく感じています。(一人ではないということを)
毎日を大切に、そしていつの時間も気持ちよく。
月の明かりは、今日もそんなことを教えてくれました。
時々、自分の中で自分を見ているもう一人の私がいます。
仕事をしているときの自分の発言、行動、物を買うときの鏡の前に立ったときなどにその人は現れ私の耳元でささやくのです。
それって本当にあなたのしたいこと、言葉、考えていることなの?と。
そして、私の中のもう一人の私が、その問いに答えたり、背中を押したりするのです。
いつの頃からか、このもう一人の人はすごく冷静で、通常の言い方では納得しない強い意志を持ち、きちんと論理的な理由や説明を求めてきます。
そして、それはきっと私の本能?本心?をきちんと確認して進みなさいというサインを出しているのだと感じます。
以前にも書いたかもしれませんが、私は実は怠け者で人見知り、のんびりゆっくり生きるのが好きなはず?なのに今はまるでその逆で毎日ばたばた、そして多くの人に会うことを余儀なくされているそんな感じです。
だから、どこかで真の自分を見失ってしまいそうになったり、よく考えずに感覚だけで動いてしまったりすることを、やめさせようという違う自分が動くのだと思います。
若い頃は、何でも自分、自分が正しいし、楽しいからする、周りが見えていなくても何も怖くもなかったし、気にもなりませんでした。
でも、ここ最近では自分らしさを確立することがなくては、生きていることの意味、働いていることへの思いが薄れてしまうように感じるから不思議です。
人と比べることもしない分、自分らしさを探し、求めたいときっと強く思っているからでしょう。
自分を失わないことの大切さ、奢りのない心でいたい何時でも。
そして、多くの人とこれからも一緒に多くのことを語り、学び、進みたい。
今日もやっと30歳になりました、という、若い世代の社長とお目にかかって来ました。
彼の口から出た、何かやりたい、見つけたい、取り組みたい、私の中のもう一人の私が、「喜んで一緒にしましょう、お手伝いしますよ」と、、、微笑んでいたかんじでした。
自分の色について時々考えることがあります。
その訳は、年齢とともに、髪の毛を染めたり、爪の色を考えたり、またファンデーションを見つけるときに、好きな色、試したい色などがなかなか見つからず悩むときがあるからです。
少しずつ、くすんできたり、白髪が増えてくることは事実として受けとめてはいるものの、なんとなく昔とは異なる自分に驚いたりします。
そんなときは、いつも自分のその週の予定を考えて何を着ていくのか、もしくは誰に会うのかを考えながら一方ではなりたい自分を想像します。
今週は人に会うことが多いから、元気そうに見えるように健康的な色(肌も洋服も爪も)にしようとか、今週はレセプションや会食が多いので、落ち着いてエレガントに見えるようにマットでシックな感じにしようとか、で決めることもよくありますし。
そして時々は素直にお店の人や、美容院、ネイルサロンの方のお勧めやアドバイスを聞き、人から見た自分を楽しみます。
若い頃は、何をしても何を着ても元気ではつらつ、決してくすむなんてことはなかったし、髪の毛にしたって、もともと色素の薄い自分なりの色は、何を着ても自然に見えたのに。
そう思うと、やはり年をとることは自分に対しての手間をいかに楽しみながらかけられるか、ということだと思います。
先週末もデパートにお買い物に行ったのですが、着たいもの、似合うものはあまりにも範囲が狭く、買う気満々で行ったのになかなか見つかりません。
安くてかわいいものは、一過性では楽しいし着てみる気にもなるのですが、何だか肌が輝いたり自然に見えないような気がしてなりません。
そして、自分の肌の色は自分が想像している理想とはかなり違うことに気がつくのです。
きちんと人並みにお手入れはしているのに、やはり、、、、、仕方ないのかなー?なんて。
でも、ここであきらめたり、めげてはいけません(笑)
これからはもっと自分の理想と離れていくのが、現実ですから。
自分と向き合うこと、あきらめないことを信条に、、、、
元気ではつらつとした自分をめざしてがんばりマーース。
忙しい時間の合間に、ご招待を受けてコンサートに出かけてきました。
時間に追われ、その場所に行くまではばたばたなのはいつもと変らないのですが、その空間に入りそのシートに座ってみると、ほっとしてゆっくりした時間の中に自分がいることを確認します。
そして、演奏会が始まるとなんとも少し緊張感のある静寂に包まれ、さっきまでのことがすべて忘れられる、そんな一瞬が訪れます。
時間と人の間を泳ぎまわりいつの間にか、自分の時間を見失いかけていたこと、そしてそんな忘れていた時間の流れを、音楽の音色とともに、何度も感じ、ゆったりと優しい思いに浸ります。
先日も、そんな素敵な時間をプレゼントされ、その日一日の終わりがなんと心地よく暖かいものに変ったことか?
また、特にその日はピアノが主役のコンサートだったこともあり、余計にそう感じたのかもしれませんが。
美しく澄んだ音色、流れ、リズムはいつにも増して、暖かく心に響き、まるで深呼吸しているかのように、ゆったりゆったり。
音楽の力の偉大さ、大きさ、すばらしさを感じます。
そして、いつの間にかリズムに合わせて体や、手足が自然にリズムを取り出し、体中に新鮮な血が回りだした、、、そんな風に。
子供の頃、親の命令的な感じで習っていたことのあるピアノ。
あの頃は、言われたから通っている、怒られないように練習する、続ける、とそんな心の入らない取り組みでしたが。
この日は、何でこんなに綺麗な音色に気がつかなかったのだろう?と何十年も前の習い事の不真面目さを悔やんだりして。
そして、できることならばまた習ってみたいなーなんて思ったものです。
音楽の力、何だか忘れたくない素敵なことの一つそう思った夜でした。
皆さんもそう思いませんか?
PS,いつも素敵な音楽のイベントにご招待してくださるS社の社長様、、心から感謝です。