April 2001アーカイブ

私は、やり始めるのが意外となんでも遅い子で、実は今一番好きなことの車の運転というのも、28歳か29歳で免許をとった。
しかし、その免許の試験を受けにいったその日には、私の家の駐車場には新車が届いていて、午後にはもらったばかりの免許を持って横浜まで第三京浜をドライブして、親に死ぬほど怒られたことを思い出す。でもそのおかげで、私はどんどん一人で運転して自分の行きたいところに行けるようになり、また自分ひとりの時間を楽しむことも自然にできるようになった。

この、車の免許がもたらした私の生活の変化はとても大きいもので、それまで常に誰かに依存して生きていた私に、一人でいることの楽しさを教えてくれた。
今までは、休みなどは誰かとどこかに行く、出かける、誰かが誘ってくれることで行動するような感じだったが、それ以来は何でも自分の意志で自分が決めたことができる楽しさが生まれた。
おかげで、私の行動半径は急激に広がり、朝に夜に誰にも拘束されない生活、時間が生まれた。そこで、気が付いたのだけれど、もともと私はB型ということもあって、一人が好きな、マイペースな人だってこと。それが、若い頃は自分で気が付かず、またそうなるととても突き進んでしまうので、親や周りが自然と抑えていたらしいってこと。でも30代を目の前にして、誰にも束縛されない自由を知ってしまったからもう止められない。
夜中の誘いも、朝早い行動も、もう楽しくて仕方がない。新しいところ、面白いところ、車でしか行けないようなところに、何時間もかけて運転して出かけていった。また、着る服までも車だから大丈夫と、薄着でエッチな服を、一回家に帰ってから、わざわざ着替えて出掛け、違う自分を楽しんでいた。

最近は、とてもそこまではやっていないけれど、やはり車の運転をするとその頃の一人の楽しみ方を思い出す。やはり、人間は一人になる時間も大切なのでは、そして、時々とてもそうになりたくなってしまう自分に気が付いてしまう。

皆さんは、一人の時間をどんな風に過ごしていらっしゃいますか?

皆さんは、ご自分の趣味をお持ちですか。
私は、正直言ってこれを聞かれると一番困ってしまう。
何故なら、30歳を過ぎた頃から、働くことの延長イコール趣味のような生活を送っている自分に気が付いたからだ。
もちろん、ゴルフも適度にはやるし、ご飯は食べるのも作るのも好きだし、映画も必ず新作はチェックするし、読書も大切な息抜き。でも、趣味かというとどこか違う気がする。私の中では趣味とは、仕事以外の楽しみであって、休みになれば必ずそうしたくなるもの、あるいは時間をどうにか作ってでもやりたいという代物。でも今の私にそれほどのものはない。他のなによりも、というほどではないけれど、仕事の方が優先する。

仕事の方が、楽しいし興味がある、それがいいのか悪いのかは、主観の相違もあるだろうけれど。
でもこの先ずーっと、今のままでいいのだろうかと考える。
そういう私は、仕事がなくなったときに何を楽しみに、生きて行くんだろうか?
私の場合は、特に子供がいる訳ではないし、常にだんなさんと二人で・・・。これだけでいいのだろうか。そこで私は、共通の趣味を持つべくある計画を彼に提案してみた。それは、海のそばに家を買いましょう計画。今都心に家を借りているのは、仕事の都合上仕方がないことなので、そこは働く場所として割り切って、その代わり週末は海のそばで過ごす。そこで自分の余暇を楽しむ、イコール趣味を持つというアイデア。

でも、こんな風にして無理やり、決めないと持てない私の趣味は、一体全体、長続きするのだろうか、とも思うけれど。仕事が中心の30代、40代とはほとんどがこんな感じだろうか。でも、忙しい忙しいで、違う世界を持てない、持たないというのも悲しいので、私はこの計画を是非とも実現させたいと思っている・・・特に最近。

趣味を持ちましょう計画とは、なんともお恥ずかしいことだけれど。
皆さんはどうですか。

私は、25歳の時に、かなり年が離れた人と出会い、結婚をした。
自分のことも、まわりのこともまだ何も分からないその頃の私にとっては、その人との生活は、時にか父であったり、兄であったり、また仕事場での上司になったりととても都合の良いまた、居心地の良い生活だった。親元から、離れて暮らしたことがなく、しかも驚くほど厳しい門限に縛られていた私にとって、それはもう天国のような、自由で楽しい毎日だった。10年ぐらい経って、彼のやっていた事業が失敗するまでは・・・。本当に、贅沢三昧、わがままし放題で、でもおかげで楽しく、思う存分仕事と遊びに打ち込めた。

しかし、人生とは、甘いものではない、やはりどこかで試練というものが来るのだ。彼の事業は、まさしくその頃はやりの、バブルに巻き込まれて倒産し、おかげで気に入っていたマンションや車、その上、多額の負債まで抱えてしまった。今でこそ、こんな風に軽く言えるけれど、今までの人生の中でこんなにお金がない、またお金を気にして過ごしたことはなかった。そして、親の意見もあって離婚することとなり、ここから、また私の仕事と人生の出直しが始まった。

34歳。ファッション業界という、ある意味で見た目にこだわり、そのためには、お金がなくても派手なものを着たり、豪華な家に住んだり、いい車を運転したり、勘違いと言う点では、芸能界にも似たりよったり。
しかも、今までは、私も自分の収入よりもかなり背伸びをして、大人ぶっていたし、車も4台ぐらいは持っていたり、自分では払えないようなレストランにも通っていたり、ホテルや旅行もしたり、今思うと、恥ずかしい限り。でもそれが、すべてなくなった、出来なくなったというほうが正しい状態。そこで、私は、本当に気がついた。自分の生活は自分のお給料の中でやろうと。
もちろん今となっては当然のことなのだけれど。
それからは、それなりの家で、逆にいかに楽しく私らしく住むか、飾るか、を考えた。車も国産で壊れない物で、私らしい雰囲気が出せるのは、食事も自分のために作る楽しさを学ぼうと、いろいろ工夫した。

こんな事があった、30代があって今の私がある。別に、離婚したことを良かったとは決して言えないけれど、あれがなかったら、私は見栄っ張りで、外見ばかりの嫌な女性になっていたはず。

 あれから、丁度10年目の今年、大人になれたかどうかは分からないけれど、より前向きに、自分らしく生きていけたら嬉しいな。

私は、体質だったのか、それとも親が異常に厳しかったためか、20代の頃は、全然お酒というものが飲めなかった。気持ちが悪くなるとか、頭が痛くなるとか、体が受け入れないというわけではないのだけれど、何故か、苦手だった。もちろん、夜遅くまで遊んでいたり、友達や周りがどんなに飲もうと、かまわないし、その雰囲気や、そういうお店は大好きなのだけれど、お酒が美味しいとか、自分から飲みたいとかそんな気持ちになったこともなかった。

それが、”まるで違う人が、もう一人現れたのでは” と思うようなことが、30歳になってから起きた。
お酒が、ある日突然、美味しいと感じたのだ。

しかも、一番嫌いだった日本酒が、冷たくしたら、美味しかったし、どんどん飲めた。大好きな和食にとてもあったし、お寿司、てんぷら、焼鳥などその頃好きだった食事には、ぴったりだった。
そして、その後に少し、薄暗いバーに行って飲む、ウォッカトニックが私のその頃の定番になった。
また、お酒を飲めるようになった嬉しさもあって、毎日毎晩、こんな生活をしていたら、ますます強くなって、最後には、いろいろな人から”かわいくないなぁ” と嫌がられるようにもなった。
午前2時、3時まで飲んでも、一向に酔わず、一人で ”じゃあね、おやすみなさい。” と、タクシーを止めて帰ることが楽しくてたまらなかった。

そんな時期を過ごし、”たまにはお酒の力をもう少し使えばよかったな” と思うことが浮かんでくる。
例えば、誰かの愚痴や自慢話、お説教をまじめに聞いてしまった時、心のどこかで、好きだと思い始めていた人と会った時、自分の弱みを誰かに受け止めて欲しいと感じた時、たまにはめちゃめちゃになりたいと思った時など・・・・。
今となっては取り戻せない時間、人。そのせいではないけれど、ここ何年は、もちろん酔っ払うことこそ相変わらずないけれど、酔ったふりができるようになったし、酔った人にあわせることもできるようにもなった。そのおかげで、ほんの少し危険でロマンチックな夜が少しは増えたかも。
(でも、これって、学んだこと?に入るかどうかは読んだ方の判断におまかせします。)

運営会社

Oens

本サイトは髙橋みどりが代表をつとめます、株式会社オーエンスが運営しています。

http://oens.net/

髙橋みどりポートレート 髙橋みどりのプロフィール
髙橋みどりポートレート ご意見、ご要望、仕事の依頼などはこちらから

書籍

働く女性のワードローブ おしゃれの教科書

発売中!

働くときにオシャレしないでいつするの?
は私達働いている女性の永遠のテーマ。
スタイルが見つかれば働き方も楽しくなり幸せな日々が待っているはず。
そんなヒントとアイディアを一杯つめこんで書きましたので是非参考にしてみて下さいね。

仕事で輝くために大切なこと

今まで働いてきて感じたこと、悩んだ日々、迷った時間、その一つ一つが今の私の大切な財産、そしてそんな私を支えてくださった多くの方々に感謝と、愛をこめてこの本を書きました。

月別アーカイブ

最近のコーディネート

最近のお気に入り