OLD midroom

30代で考えていたこと、3

このNYのバーニーズのお店を見た衝撃 を胸に、毎日働いていました。
そんな、私にとてもラッキーな新聞記事が飛び込んできました。

それは、バーニーズと伊勢丹との業務提携そして、日本での1号店オープン。何だかそわそわ、ドキドキしてきて、これは誰かに聞いてもっと詳しい内容を知りたいと熱望するようになりました。でも、私の中ではまだ転職をしたいとか、メルローズを辞めてでも行きたいとか、そこまで具体的ではありませんでした。何故なら、とてもいい環境で働いていましたし、今から10年以上前でしたので、転職というのがあまりメジャーではありませんでした。もちろんそれによって成功した人もたくさんにいたとは思いますが、苦労している話の方が多くて、私にとってもおっかな吃驚でした。しかし、ここで動き出さなくては何も始まらないかもしれないと感じ、とりあえずは、話だけでも聞きたいそういう気持ちで一杯でした。そして偶然にも私の友人がバーニーズの日本側の社長を知っているという情報をキャッチしました。そこで、とりあえずは話だけでも聞いておいて欲しいと頼み込みました。本当に興味と好奇心、期待や不安が一杯でお目にかかりに行きました。ところが、会ってみて驚きました。何故なら偶然にも、PRのできる人を探していたというのです。

単に話を聞くというだけのつもりが、いつの時期ならば、このプロジェクトに加わってもらえるのか、具体的に教えて欲しい、何故なら、後4ヶ月後には、新宿にお店をオープンするので・・・。
そんな、そんな急な話になってしまい、私の頭の中は、もうパニック状態。でも、もしもこのチャンスを逃したら・・・とりあえずこの日は、次回までに考えてご返事するということにしました。条件、時期などもご相談したいとも言われましたので。
そしてそれから一週間もしないうちに、バーニーズ ジャパンの社長から、是非、紹介したい人もいるのでということで、再度お目にかかかることになりました。

そこで、これからのことを相談して行くうちに、お給料のことになりました。すると、その当時いただいていた金額より、100万円もダウンの提示でした。100万円ということは、月にして8万円以上、もちろんボーナスもありますし、それだけではないかもしれませんが、かなりのダメージ。これまで、ず~っとお給料は上がることに慣れていた私には、どのように理解したらいいのか、またそれでも始めたほうがいいのかなど、迷ってしまいました。

でも、あのNYでの衝撃、新しいことに最初から取り組める楽しみ、希望、やりがいはこのお給料には変えられないと考えました。また、このとき初めて年俸制、しかも一年毎の契約社員という形で入社してはどうか・・という話しになりました。その理由は正当な判断も一年毎にし、その結果によってお給料に反映することができるのではないかと、会社も私も考えた結果でした。それと、親会社というのがあって、子会社の人は、同じ年齢であれば、親会社の人のお給料を上回ってはいけないという、暗黙のうちの掟のようなものがあったからでした。能力が上でも、そういうのが日本の大きな会社の現状だったようです。で、そんなことに負けたくない、また自分の能力を試したかった私は、この制度を試すその会社での第一号になったのでした。

こうして、まったく新しい会社、業態、業種での転職を決め、動き出す決心をしました。
今まで、自分がやってきたことを本当に試せる、試させられる期待と不安の入り混じった気分でした。バーニーズ ニューヨーク1号店が新宿にオープンする2ヶ月前だったと記憶しています。

つづく

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