卒業します。

 

毎日、どんなに嫌なことがあったり悲しいことで自分が押しつぶされそうになっても、毎日暖かい太陽とともに朝が始まり、また美しい月と共に静かな夜が訪れるのです。
誰かを愛し、求め自分を探しつづける日々。仕事に追われる毎日の中でも必死に見つけ出そうとする、幸せの意義。女に生まれた自分を、時には重荷に感じたり、またあるときは慈しみながら生きてきたこの数十年間。いつのまにか、そのどれもが自分らしいと気がつき、傷ついたり、時には幸せだと感じた日々。

でも、最近また、これからの自分の人生、女としてのあり方を真剣にまた冷静に考えるようになっています。 20代で考えたこと、30代で悩んだ日々、40代で少し見えてきた自分。それでも、出来ていないことや、やり残したことがあるようで焦り落ち込んだことの多かったこの何年か。 人を育てていきながら、自分も学び人間として成長できるような毎日を過ごしたい。怠け者の私にとっては、まだまだ未完成で半人前の自分を再度見直し歩み出したい、そんな気持ちが自分の中でどんどん大きくなっていったこの数ヶ月。 決心しては戻り、前を向いては振り返り、そんな自分らしくない自分と向き合った時間。 そして自分の思いはますます大きくなり、歩み出すことでしか解決できないところまで来ていました。

多くの人に出会い、支えられて来たこの何年、自分ひとりだったら、決して続くはずも、やり遂げることも出来なったようないろいろなこと、たくさんのこと。本当に、感謝の気持ちで一杯です。 夢を一緒にみてきた素敵な仲間は会社を離れても、決して忘れる事の無い、私にとってのかけがえの無い財産、宝物です。そしてこれからは、今まで以上に一人の人間同志として結びついていくようになると思うので、より一層大切な関係になるはず、、、、なんて。
こんな事を考えながら、会社員(エストネーション)をこの春卒業します。
個人として一人になった時、何ができるのか、考えるととても不安ですが、今は楽しい仕事と自分探しのために前向きに生きていければと考えています。

皆さんの愛に支えられて働いてきたこの25年。
今までの恩返しができる日を目指して、スタートします。

新しい自分探し

 

40代最後の今年は、私にとっては素適な?また意味のある50代に向けての大切なスタートの時期と考えています。何故なら、これは私の個人的な考え方なのですが、今のままのペースで仕事を乗り切るにはかなりの体力と、精神力、好奇心が必要です。でも心に響く感性、楽しく何でもやってみたい気持ちを持ち続けるのは、やはり大変だと思うし、ガンガン歩いて、見てまわって、話して、聞いて、触って、感じて、そうする事が仕事の基本だと考えると、現場主義、現場が大好きな私にはそれが出来なくなったときが働けなくなる最後の時と感じているからです。ですので、自分の中で、まだまだ知りたいこと、試したい事、学びたい事があるうちはそれを何しろがむしゃらに求めて生きていけたらと思っているのですが…。

ただ、若い頃と一つ大きく違うのは、このミッドルームをやれたこともその一つですが、自分と同じように働いている人達(男女問わず)を少しでも応援したい。悩んだり迷った時に会社の人とも昔からの友人とも違う人の一言が聞いてみたい、教えて欲しい…、そう考えている若い人達に、人は同じように悩み、迷い、辛い事を乗り越え、初めて今の自分がある、なりたい自分に少しでも近づく事が出来るということを教えてあげたり、話してあげられたらと考えているのです。それは、頑張って働く人には共通に贈られる、神様からのプレゼント。私は、それを信じて25年、前を向いて生きてきたのですから。そして、それが自分の生きている証、生活の一部、人生そのものです。自分の人生は自分でしか楽しく、有意義に、意味のあるものに出来ない、と信じているからです。

誰かを愛した時のあのエネルギーと“ドキドキ”を思い出してください。彼のために自分の寝る時間を割いても逢いたい、一緒にいたい、誰より大切で、側にいることで自分らしいと感じた大きな力と勇気を。また、新しい洋服を着て出かけた時のあの“ウキウキ”した自分の足取りと、心のハミングを。 それと同じように、働く時にも楽しく愛を持って、自分の夢に突き進みましょうよ。誰でもない自分で作る、自分しか出来ない人生。 力を抜いて、自然に生きていくことを楽しみにながら、少し春らしくなった日差しの中で、深呼吸し歩きはじめた、私です。

この春は、新しい自分のスタートの時期、そんな気持ちで一杯です。

孤独は楽しい?

 

やせ我慢ではありませんが、一人の時間や空間が今の自分には必要だと気付きました。
子供の頃から、もちろん我侭放題、自由に育ててもらった現状とは裏腹に、母親が働いていたからでしょうか、保育園、祖母、祖父、お手伝いさん、母方の義理の姉というようにたくさんの人に育ててもらった私はかなり辛抱強く、しかも意外と我慢強いところのある女の子でした。その上、母方の実家が自宅と近いこともあり、子供頃から自分の家以外で泊まることも普通の子供以上に多く、実は神経質な点とどこでも一人で過ごすことができる二面性もあったりします。

そんな子供時代が功を奏して、今でも軽い荷物と心で、どこにでもさっさと出掛けて行けるのかもしれません。良い意味での早いうちからの親からの自立?も、できていたような子供でした。大人になることは一人でも生きて行かなくてはならないこと。と自覚するのと同時に、仕事をしだすと実際は一人で決めなくてはならない、動かなくてはいけない事はたくさんあるけれど、それでも一人で2週間も食事をしたり、一言も話さずにいるのが嫌、寂しいという人には、私のような一人で国内外問わず出張に行くという仕事は向かないかも知れません。だって何日も日本語や言葉の通じ無いところに一人で行かされたことも、今まで何度もあったり、、、、食事のオーダーさえもままならないこともあったし。自分の勘を信じてお店を選び、一人での食事、それもランチならまだしも、夜のディナーなんて、“もう割り切って美味しいもの食べて自分で自分を励ますしかないでしょう”そんな気分で過ごした数々の夜。(国内、国外問わず。)一人が寂しいなんて、毎日毎晩感じていたら、やっていけない!仕事とは出張とは孤独との戦いと、最初の頃は感じたものでした。それがいつからか、孤独は楽しい自分ひとりの時間となり、今やなくてはならないことや、頭を整理する時には大切な時間となりました。 そして、出張に行かなくても、時々は一人の時間を楽しむような食事の仕方、バーなど、ひとりで行けるお店を増やします。少し高くても落ち着けて、居心地の良い空間。あまりベタベタと干渉しないお店の人との距離も楽しんでいます。そしてそういう時に交わされる会話は、仕事とは違うプライベートでノンビリしたやりとりで確実に気分転換になっています。 そんなことの繰り返しが、自分を客観的に見れる時間を持つ、持てる、こんな一人の時間となり、今ではとても好きになりました。

長く働いていると自分に甘くなってしまったり、日々のバタバタに流される事が多い中で、新しい物の考え方、想像力、自分らしさを見失わずにやっていく為にも、こんな時間や過ごし方は必要不可欠です。自分に嘘はつかない、気持ちを強く持つ、人を裏切らない、自分を信じる、地に足のついた生き方、考え方、それでいて楽しい気持ちで仕事を続けていきたい、、なんていろいろと考えたりして。でも一人では仕事は出来ないし、、、、長く仕事をすればするほど、感じる孤独な時間、戦い?やはり何事も楽しいと感じながらやるしかないでしょ、なんて。

孤独が楽しくなるような、仕事を求めて。

自分への宿題

 

お正月にお店に来てくださったお客様を見ていてつくづく感じました。
百貨店のお客様とは違い、圧倒的におしゃれが好き、ファッションが好き、人とは違うおしゃれがしたい、そんな強い期待や欲望をお持ちの方が圧倒的に多いと。
普通のお店とは絶対に違う、なにか面白いもの、かっこいいもの、そしてそれを自分らしく着たいし探したい、そんな気持ちでお店に来てくださっている方々をたくさんお見かけしました。そしてそれは、本当に嬉しい気持ちと同時に身が引きしまる思いでした。

私が若い頃、本当に敷居が高く、でもそのお店に行くのが嬉しくて、ドキドキして、いつかはそこでバンバンお買い物ができるような大人になりたい!そう思ったお店がNYのバーニーズ。NYという場所柄もさることながら、本当にかっこいい、見たこともない,そしていつか着てみたい、似合うようになりたい、そんな気持ちでNYに行くたびに足しげく通いました。そして夢のような日本上陸、商品、ディスプレイ、何一つとってもワクワクすることばかりでした。もちろん、何年も洋服の仕事をしてきた私達でも聞いたことのないようなブランド、ファクトリーとのコラボレーション。プライスもブランドも本当にマジックミックス、いろいろなものがたくさんあるのにバーニーズテイストでくくられ、本当に上手に見せられていました。それが、なんとも言い様のないほどのスペシャル感をかもし出し、これこそが本当の意味での大人のお店。絶対にいつかは、この東京にもそんなお店が、求められる時が来るはず。そして、それはどこの真似でも無い、本当の意味でのスペシャリティストア。商品、空間、サービス、すべてが特別で楽しいお店。もちろん働いている人も、来てくださる方もすべてが特別。そんなお店が真のセレクトショップたるもの、そう思ったものでした。

いつかは、そんなお店が増え、大人が楽しめるように、、、そんなお店にいたい、行きたい。自分の中のスペシャリティとは何かを考えながら、作ったし続けてきたエストネーション。 でも、まだまだ先は長いのかなー?なんて考え ヒルズのお店の前で立ち尽くしてしまう自分がいたりして。

夢が夢で終わらない日々を目指して、自分への宿題はいつになったら終わるのやら。
40代最後の今年、いつも以上にがんばらなくちゃ、ネ。

第二の故郷。

 

先日母の3回忌の為に、父の故郷三重県のお寺に行く機会がありました。
東京に長く住んでいるのに、この法事という家の仏事になると、何故か父のルーツである三重県の津に近い久居という町に戻ります。先祖のお墓のあるお寺に行き、父が立てたという赤い御影石のお墓に手を合わせ、自分の中に流れている強い血を感じます。父が亡くなってから、何回も足を運んだこの場所に、今度は母の納骨の為にいる自分がある意味不思議で、とても考えさせられてしまいました。

母が亡くなってからかなりの長い時間、私は母のお墓を、(父のお墓も)東京の私の近くに作りたいとかなり悩みお寺への相談や、お墓探しに時間をかけていました。その間、何と1年4ヶ月。でもそのおかげでその時間母と一緒に私の部屋で過ごすことができました。朝起きて、「おはよう」、出かける前には「行って来ます」「ただいま」「今日は疲れた」「今日は寒いよ、、、」なんていろいろなことを言いながら、毎日、毎晩、昔のように話して過ごしました。きっと、「毎日なにやってるの?こんなに遅くまで飲んでいてはだめよ。」「キレイにして出かけなさい。」「車の運転気をつけて。」と、私と母だけの分かる会話を続けながら。それでも、私の中では母と離れること、まめにお墓参りに出かけられないことへの決断が出来ず、ずるずるしていました、かなりの間。でも、周りの人の意見、説得、父の入っているお墓と分けるなんて、しかも彼まで持ってくるなんて、、、お父さんがかわいそうだし、ご先祖様に申し訳ない、、そう叔母にも兄にも言われ、ついに三重県にもって行くことを決めました。確かに私の我侭で、大好きな父と母を離れ離れにするなんて、できるはずがありません。そして、お墓を開け、父の大きな白い骨に包まれるように、小さくて細い母の骨を重ねた時、二人のホットした顔が、笑顔が見えたのでした。 これが一番幸せなことだったのだと、「ありがとう」と言っている二人の顔が。何十年も一緒に暮し、愛し合い、見つめ合ってきた、夫婦としての時間をもう一度今度はのんびり過ごしてくださいね、天国で。 私は、そんな二人の大きな愛を忘れずにがんばって生きていきますので。 お母さん、長い間一緒にいてくれてありがとう、昔のようにお父さんと仲良く、甘えて過ごしてくださいね。

この日を境に、やっと子供としての最後の役目の一つ終えられたようで少しホっとした私でした。めったに会わなくなった親戚の皆にも会えたし、祖母、祖父にも手をあわすことも出来たし、、、三重県も違う意味で私の第二の故郷だったんだなーーと感じながら。

自分のために、または人のために何かを作る気持ちをしばらく忘れていました。
仕事にかこつけて、ゆっくりご飯をすることが、最近とても多くなっていて、外食があたりまえのようになっている感じです。あんなに美味しい物が好きなのに、なかなか家で作るとなると、、、、面倒くさがっている自分がいました。

ご飯を炊いて、小さなおかずを作り、お味噌汁や納豆、それにお魚を焼けばステキな和定食になるのに、何だか億劫がっている自分がいました。誰か人が来たり、来る事がわかっている時はあんなに頑張れるのに、自分の普段の食事になるとなかなかダメです。でも、この時期は暖かい部屋でのんびりと、私もたまには自分の好きなものや、得意なもの、食べたいものなどを、せっかくだから作りたいし、試したいし、またどうせなら家を訪ねてくれる方々のご希望をかなえてあげたいしと、美味しい物作りに闘志が燃えます。
私の家は、もともと父がかなりの外食好き、しかも大酒飲みという事もあり、彼は母よりも食事に対する思い入れが強い人でした。その気持ちが、仕事が一段落した頃(多分60歳位)に爆発し、ついに自分でいろいろな物を作り始めたのでした。基本は和食、お鍋、炊き込み御飯、煮物、石焼鉄板焼き?しいては、中華料理まで。さすがにカレーやハンバーグはありませんでしたが、自分が食べたところで美味しいと感じた物は、板前さんに作り方を教えてもらい何しろガンガン豪快に作るのです。ご飯は、もちろんお釜で炊き、鍋も大きくて重い専門家が使う物でやるのですから、美味しいし、見ていて楽しい感じでした。
私は子供でしたし、「危ないからいいよ、何もしないで。」なんて父に言われて横でただ見ているだけでしたが、何とも豪快な男の料理作りは子供心に感心していたのを思い出します。
最近でこそ男女平等、何でも一緒に、もしくは半々には、あたりまえですが、厳格な父が率先して、しかも楽しそうにてきぱきと台所で働く姿は何だか嬉しい気持ちにさせてくれました。 そして、出来上がると自分はお燗を持ち食卓に。日本酒を飲みながら、皆に嬉しそうに、「食べてみてごらん、これは良く行く○○で習ったんだ。」と自慢げです。いつもあんなに厳しく、強く大きい存在の父がこのお皿を囲んだ時には、とても優しく可愛く感じた事か。

人に何かを作り、一緒に囲むことの大切さ、楽しさ、その一つがこの料理。忘れてはいけない特別なことの一つ、何だか寒い日が多いこの時期、思い出した素敵なことでした。

病は気から。

 

久々に風邪をひいたらしく、何だか気力がダウンしています。
もしかすると気力が落ちていたので風邪を引いたというのが正しいかもしてません。年末年始はどうしても、忙しくバタバタでしかも飲み会も多く、寝不足や胃の調子も悪くなるので、風邪がひきやすくなってしまうのかもしれませんね。

この2年間位は、ずーっと健康だったのに何だか自己管理の出来ていない自分が嫌になってしまいます。お酒も食事も飲みますし、食べますし、その上生活全般がかなり不規則な事もあり、自分なりに気をつけていたのですが、なんとも嫌になってしまいます。鼻はぐすぐす、頭もモウロウ、その上熱があまり出ないおかげで体のなかに別の物体?がいるみたいでなかなか寝れない夜が続き、ますます調子が悪い感じ。こんな時は、本当に誰にも会いたくないし誰かがいてくれるほうが迷惑。。なんて思っているのに、少し心細い気持ちになったりもしています。

でも、こんな時ほど、気を取り直して仕事を休まず頑張って会社に向かいます。会社に行けばなんとなく、みんなにもまれて元気になれるような、そんな気分が早く良くなるために近道と気持ちを奮いたたせます。若い頃から、学校や習い事を休むのは良くないことと、かなり厳しく育てられたこともあり、働くようになってからもどうも休むのが苦手です。 25年以上働いているわけですから、一日も休んだことが無いということはもちろんありませんが、正直言って年をとってからのほうが丈夫になったのか、数える位しか休んでいない感じです。どんなに嫌なことや大変なことがあっても、とりあえずは会社に行く、行ってみる。そうすると、忙しさにまぎれて、いつのまにかいつもの感じに戻っている、それを自分自身かなり期待して無理やり会社に行くのですが。 でも、やはりお店はお客様が多いので、通常とは違い空気が乾燥しているのが悪いのか、なかなか元気になりません。「暖かくして、ゆっくり休んでね。」なんて人にはよく言うのですが、自分のことになるとやはり難しいのが現実です。どうしても、無理してしまいたガールの私です。

でも、やはり風邪は万病の元です、気をつけないと長引きそうで怖いです。病は気から、本当にそんな感じの今日この頃。 早く治して、明るく元気に一日をスタートできると嬉しいなーなんて思っています。

寒い日が続きます、皆さんもくれぐれも大切に。元気が何よりです、無理しないでいきましょうね。

数十年来の友人の(男の人)から、急に「愛しい。」と突然言われました。
「あなたの生き方、考え方、本当に強くて良いよね」と。私が今後の自分のことを取り留めなく話していたとき、彼は私の今までの考え方、仕事の移り変わりなどを見ていて「そういう強い生き方、信念?普通じゃないよね。」と言ったのでした。私はそんなに強いわけでもないし、信念?なんて言葉が彼の口から出るとは思っていなかったので本当に驚きました。

でも、確かに何事からも逃げるのも投げ出すのも嫌い、納得のいかない事、自分らしくないことは嫌いだし、その上負けず嫌い、そして自分の気持ちを整理したうえで、頭の中できちんと消化できるところまで追い込まないと続けられないので、あえていつもそんな状況を自分で作っています。しかしそれは私の性格のせい?そうしないと自分が前に進めないから、気持ちの整理が出来ないからなのです。そんなことを何回か、何ヶ月か続けると自分の気持ちが落ち着いて冷静に物事を考えたり見られるようになるし、今でもそんなふうにいろいろな場面を切り抜けてきたのです。

誰かを好きになる時のように、感情が先行したり、熱い気持ちだけでは仕事や人生、生き方は決められないと思うし、そういうのも実は苦手なので。でも、、、でも、、、モチベーションを上げるのって並大抵の事ではないし、それを保つのはもっと並大抵のことではないし、本当に強い意志が必要です。(仕事をしている人は皆そうだと思うのですが)心の準備というか、気持ちの準備や整理ができなくてはなかなか前には進めませんし仕事も出来ません。だから、とことん考えるし悩む。そのおかげでたまに胃が悪くなる事もあるけれど、それでも自分の人生は自分で納得して決めたい。特に最近はやらなければならないことが見えて来て、余計にそう感じています。そして、自分なりの新しい生き方探しを続けます。本当にもう何十年もそんなことを続けています。

「愛しい。」と言ってくださった彼の真意は、そんな私の何十年も変わらない生きていくこと探し、仕事に対する貪欲さ?を誉めてくださったのかも。そんな風に勝手に良いほうに解釈していますが。 怠け者な自分だから、厳しく、強い気持ちを持って仕事と向きあいやっていくしかない、それが現実です。働く事が、自分の人生の中でこんなにも重要だと気がつくまでかなり時間がかかったからこそ、もしかしたらこんなに自然に続けてこれたのかもしれませんしね。

今年は、新しい自分、やったことの無い分野のことにもチャレンジし学んでみたいと、強く心に決意した元旦です。

あっという間の一年、ついにこんなことを考える時期になりました。
年を重ねれば重ねるほど、本当に毎日を早く感じるようになりました。でもこれは元気で忙しい証拠と良い風に解釈して、自分なりに納得しています。仕事を真面目にやりだし、人ときちんと話が出来るようになり、少しはまともに人生を考えられるようになってから、ますます迷い、悩み、考えて、それでも満足に出来ていない事の多さに、また自分のビジョンと現実に挟まれ、もがきながらなんとかやって来てはいるものの、どうもうまく生きていく事が出来ず、もうめげるめげる、、、そんな感じです。でも、今年もたくさんの人に暖かいお言葉や元気を頂き本当に、幾度助けられたことでしょうか。職場でももちろんですが、私的な部分でも友人の強い一言に励まされたことや気づかされた事の多かった事。時には優しく、時には厳しく心に響いた一言。逗子の家を貨りることにより、一人の時間、自分を見つめ直すことが増えたことで、これからの自分のやりたいこと、歩いて行く道、試したいことなど、、、今年は本当に良い意味で考えることの多かった一年でした。

そして、ついに来る40代最後のこの時を、どのように歩いていくべきか?かねてからの私の夢でもあった、自分らしいスタイルのある50代になる為の最後の試練?そんな風に感じています。心も身体も、確実に変わりかけているこの時期を上手に楽しく、生きていくことが出来たなら、きっと可愛いおばぁちゃんにもなれるはずと自分に暗示をかけては楽しんでいます。何事も恐れず、めげず、前向きに生きていく自由な精神、責任。今は、亡き母の強くて優しい一言が頭に浮かんできます。女としての幸せ、夢、思いを忘れることなく、自分の足で、目で、肌で感じたままを心に残し、年を重ねていけたらどんなに幸せでしょうか?大切な人、友人、仕事の仲間と、心からつながっていられたら、またいつでもそうできるような素直で、まっすぐな気持ちを持ちつづけたい。そんな風に、いろいろな場面で感じ、考えてきたことか。そしてなんと言っても本当に大事なのは、“やっぱり愛でしょ”。なんてまるで映画のキャッチコピーみたいに思ってみたりもしたし。

何はともあれ、悩みもがき揺れたこの一年を良い意味で自分の肥やしとし、来年こそは、めちゃくちゃ楽しい一年になりますように、納得した毎日を過ごせますように、、、ガッツをいれてがんばりますよ。 一年間、私の悩みや、心の声を聞いてくださった皆さんに心から感謝を。
ミッドルームは、今年も私にとっては元気の源でした。(みなさんからのパワーをいただいたおかげで)本当に本当にありがとうございました。

来年は新星?MIDORIに大変身です。期待していてくださいね。
では、2005年にまたお目にかかりましょう。素適な年をお迎えください。

この時期この季節になると、悩むのがいろいろなパーティに呼ばれた時のドレス。
若い頃は常に新しい形のもの、エレガントなデザイン、ゴージャスなものと頑張って買ったものでしたが、最近はシンプルで美しいもの、体がきれいに見えるもの、そして私らしいというのが一番、と思うようになってきました。そんな抽象的で、感覚的な思いで探すので、なかなか良いものが逆に見つからず、困ってしまうのも事実です。クロが良いと思って探しても、肌の見せ方隠し方など満足できるようなものが見つからず、「値段はいくらでも良いから上質なものが欲しい、似合うものが欲しい・・・」と、何だか投げやりな気持ちになってしまいます。靴、バックも単純にパーティだからとキラキラしていれば良い?という訳にもいかず。またポイントになる色が欲しいと思っても、これもなかなか見つけるのが難しいものです。ドレスの専門店やコーナーに行くと、子供っぽいしその上安っぽい、まるで仮装パーティのようなものも多くて、とてもじゃないけれど着ていくこと自体が恥ずかしい気持ちになってしまいます。そうやって考えてみると、以前私が働いていたジョルジォ・アルマーニは本当に美しいイブニングが多かったし、どれをとっても上品でエレガント。ただプライスは、通常のものよりもかなり高くて、100万円以上はあたりまえ、そういう生活が当然の人にはお安いでしょうが、普通の人にはなかなかどうして手の届かない品物でした。こうして、あれこれ考えてみると、日本の社会というのは、やはりマダマダ子供、ブラックタイやロングドレスなんて未知の世界、自分とは関係ないように思っている人も多いようで、何だか少し悲しい気分です。

そういえば、普段いつもきれいにしている人でも、お友達の結婚式などで、フォーマルなお洋服を着ているのを見てみると、驚くようなことがあったりしますよね。でも、これも訓練です。何回かこのような場所に出かけてみると、自分が何を着れば良いのか、どのように振舞えば良いのかが見えてきて、実にあたりまえのように堂々として美しい身のこなし方もできるようになるものです。さて、今週末には、また大きなブラックタイのパーティが控えています。今回は、どんな女で行こうか、今から悩みの種です。でも、ある本にこんな言葉が、“いい女になるにはパーティは絶対必要”だとか、確かに。では、いい女?目指して行ってきます。私の似合う服探しは、まだまだ続きます、、、、、

PS:そういえば先日あるパーティでとても美しくタキシードを着こなしている男の人を見かけました。タキシードが美しく見えるなんて、日本では珍しいこと?そのほとんどがホテルのボーイさんに間違えられてしまうか、華美になりすぎて下品な夜の世界のホスト?になってしまう人が多いものです。そのときの彼が凄く美しく見えたのは、彼の姿勢、身のこなし、本当の意味でのホスト役に徹していたからではないでしょうか。正式な着こなし方をきちんと知った上でのスタイルが出来ていたからなのでは、、、そして何よりも男の人としての知性と心の余裕が感じられたからかもしれません。こんな方にエスコートしていただけれると、嬉しいなーなんて、(独り言です)。

運営会社

Oens

本サイトは髙橋みどりが代表をつとめます、株式会社オーエンスが運営しています。

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書籍

仕事で輝くために大切なこと

今まで働いてきて感じたこと、悩んだ日々、迷った時間、その一つ一つが今の私の大切な財産、そしてそんな私を支えてくださった多くの方々に感謝と、愛をこめてこの本を書きました。

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